カタカナ表記の濁音・半濁音

日本語は、漢字・ひらがな・カタカナを駆使して豊かな表記ができる誇るべき言語である。外国語由来の言葉も、カタカナがあることで容易に表記することができる。

外国語由来の言葉をそのままカタカナで表記することの是非はあるかと思う。

明治時代に、特に学術分野の外国語を当時の識者が「邦訳」して新しい言葉を作ったことにより、我々日本人は基本的な教育を「母国語で」受けることができる。最高学府である大学レベルの高等教育までも母国語で受けることができる。これは当たり前のようだが、実は当たり前ではなく、世界でも希少な国なのだ。先人の努力に敬意を表したい。

一方、特に近年になって急激に入ってきたコンピュータ用語などは、邦訳されずにそのままカタカナで表記されることがほとんどだ。一時期コンピュータ用語も適当な邦訳をしようという運動もあったようだ。筆者が保有しているKnuthの”The Art of Computer Programming”の邦訳版(古い書籍)では、用語の邦訳が試みられているものの、結局は定着しなかった。

  • プログラム → 算符
  • プログラミング → 作符

「コンピュータ」を「計算機」、「ネットワーク」を「網(もう)」というくらいなら定着したものもあるが、さすがに「算符」とか「作符」は全く定着しなかった。

さて、外国語をカタカナ表記することが多い近年ではあるが、なぜそういう表記になったのか疑問があるものも散見される。

例えば、プロ野球の「タイガー」は、”Tigers”なので本来は「タイガー」と、複数形を表す最後の”s”は「ズ」と濁るのが正しい。「スワロー」は”Swallows”で、ちゃんと濁っている。「タイガー」の場合、どうも「ガー」と「ズ」と濁音が連続するのを避けるため「ス」となっている、という説があるようだ。とはいえ、「はさみ」”scissors”は「シザー」と表記するのでやっぱり疑問ではある…

「キューピッ」も、本当は”cupid”なので「キューピッ」だし、「バミントン」とよくいうが、本当は”badminton”なので「バミントン」である。

もっと基本的な例では、アルファベットの”Z”は、アメリカ英語では「ズィー」、イギリス英語では「ゼッ」と発音する。これは中学1年生の英語の最初の方で習うはずだ。日本の英語教育は、一応アメリカ英語をメインにしているので、本来は「ズィー」とすべきだが、「ズィー」という発音が難しいのか、日本語の発音「ジー」に落とし込んでしまうと”G”と区別がつかないからか、なぜかイギリス英語の方の「ゼッ」の方が一般的だ。しかもほとんどの人が「ゼッ」と発音している。私の知人で大変優秀な人であっても、「本当はゼッである」ことを知らない人もいた。1970年代の漫画・アニメ「マジンガーZ 」でも「ゼッ」と表記・発音していた。

上記の例は「本来濁点だが、濁点でなくなっている」ケースだが、反対に「本来濁点でないのに、濁点になっている」例もある。「アボド」や「ジャジー」なんかがその例だろう。(「アボド」「ジャジー」または「ジャクージー」が正しい)

変わり種だと、「バイス」のことを年配の人で「バイス」と言ったりする例もある。(私の祖母がそうだった)

いずれの場合でも、どうも日本語は濁点・半濁点とそうでないクリーンな発音があいまいな言語なのではないかと思う。これは、本来日本語には濁点等の言葉はなくて、他の言葉とくっついたりしたときの「音便」変化に伴って出現するものだった、ということがあるのかもしれない。ちょっとこういうことを指摘すると「そんなのどっちでもいいんだよ!」という人が多いのがそれを物語っているのではないだろうか。

あと、本来の外国語(たいていは英語)の発音を知らないで、なんとなく聞いた感じや綴りだけを見て、ローマ字風に読んでしまったのが定着してしまったとか、そんなところだろう。

全く別の言葉に引っ張られているケースもあると思う。例えば上述した「アボド」だが、これは高校の理科(化学)で習う「アボドロ定数」に引っ張られている可能性が高い。知人にこのことを話したら「えぇ~、それはないよ~、第一そんな言葉知らないし」と一笑にふされてしまったが、いやいや、あなたは理系じゃなかったからもう記憶にないかもしれないが、絶対習ったはずで、潜在意識の中にはちゃんと残っていて、なんとなく「アボ」ときたら「ガド」と続けたくなってしまう(続けるのが自然だと思ってしまう)というのはあながち暴論でもないだろう。

さて、「タイガー」であるが、これは外国語ではなく「外国語由来の日本語」つまり「外来語」だと思えば、これはこれで正当性はある。「ジャジー」なんかも今更変えられないので、これも日本語だと思えばよいだろう。

かといって、何が何でも「元の言語に忠実な発音表記にすべし」と強硬に主張するつもりはない。ちょっと「濁音・半濁音」とは異なるケースだが、既に日本語として定着している言葉を、いまさら元の言語の発音に忠実に表記することはないだろう。

  • game → ○ゲーム、(× ゲイム)
  • video → ○ビデオ、(× ヴィディオウ) 

とはいえ、もしこれから新しい外国語由来の言葉を日本語表記することになったら、それを導入する人(業界・団体)にお願いなのだが、できるだけ元の言語の発音に近い表記にしてもらえたらと思う。少なくとも「知らないで」とか「勘違いで」そうなってしまった、というのは避けてもらいたいところだ。

令和2年10月14日 初出
令和2年12月24日 改訂